2020 パーソナル

産前休暇を取らなかったときのこと

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9年前の9月30日、育休前の最終出社日でした。

金曜日だったことをハッキリ覚えています。

なぜなら、土日を家で休んで月曜日に前日入院、火曜日に帝王切開分娩だったから。

産前休暇、とってないです。

あらためて当時を振り返ってみたいと思います

初の妊娠そして流産

いざ、こども持つことにチャレンジしてみようとおもったらすんなり妊娠成功!

でも、心拍が聞こえないまま流産。5週目でした。

ずっとこどもができないようにと望んでいたのに、いざ望んでできて流れてみて、自分の身勝手さを恥じました。

誕生日確定

本来、子宮筋腫手術を受けた病院で出産できたはずなのですが、その年は人手不足から産科の受付をとめており、紹介状と手術データを持って他の病院へ。

かなり早い段階で、出産予定の2週間前の週で、執刀医の先生のスケジュールに合わせて出産日を選びました。

産前のカラダ

個人差が大きいので、あくまで私の場合。

安定期以降はなんの不安もなく、7ヶ月目にバス旅行、

9ヵ月目まで楽器吹いたり、と通常生活。

仕事はちょうど大きなシステムプロジェクト

の真っ最中。連日深夜割増のタクシー帰りでした。

座り仕事だからできたのだと思います。

産前休暇

2週間くらいは産前休暇をとろうと思って

いたのですが、プロジェクトのローンチ日の

延期が続き、月末の最終確認が重要なので、

9月末の締め後=入院前最後の平日、

となってしまいました。

頭の中身は仕事のみ。

出産・産後の予備知識ゼロでした

前日入院

夜から絶食にするのと、剃毛のため。

特にやることなし。

やっと休暇でした。

いよいよ対面

ストレッチャーに上り手術室へ。

下半身はカーテンで見えませんが、下半身

麻酔のため声は聞こえるので、執刀医の

「あれ、デカいな」

と言うのが聞こえました。

全く痛みや感覚がないまま、

「はい生まれましたよ」

と真っ白できょとんとした息子と対面。

真っ赤な顔でおぎゃーと泣く、ではなかったです

苦悶の一夜

予定日より2週間前ということもあり、エコーから

推測されていた息子の体重は2400g。

それが出てきたら3360g。

あと2週間お腹にいたらどうなっていたのやら。

手術当日のみ病院側の手配で個室で静養。

まだカテーテルなど入っている状態でも、子宮筋腫

手術のときのような、酸素マスクは無いし、

楽勝じゃん?と夜中になるまでは思っていました。

そして夜中。激痛です。痛み止めも効かず、苦しみ続けました。

ナースコールが手放せないキツイ夜でした。

出産後に知ったこと

・自然分娩崇拝者が結構いる

・急遽、帝王切開になった人は、自然分娩したかった、

 と悔いているケースがある

・帝王切開のほうが、子宮収縮などの後陣痛が重い

・無痛分娩も、予定帝王切開同様、事前スケジューリングできる

今、自分で選べるなら

1位 無痛分娩

2位 帝王切開

陣痛の痛みに耐える必要、無理にないと思います。欧米諸国では無痛分娩がアタリマエ。

陣痛と思って病院にやっと着いたら、「まだです」と言われ、死ぬ思いで帰宅した、

でも結局翌日入院した、タクシーで破水したなど、恐ろしいエピソードも多いです。

帝王切開でよかったこと

1位 予定が立てやすく、変わりない日常を送れた

2位 息子の頭のカタチが良かった

3位 陣痛ナシ、急な破水の心配ナシ

帝王切開で良くなかったこと

1位 当日の痛みがきつかった(個人差あり)

2位 開腹部分、何年もつれたり、かゆみがでた(個人差あり)

3位 「おなかを痛めた」実感が無い(無理に要りませんけど)

産む痛みは知りませんが、お腹にいたのは事実。

帝王切開のせいではありませんが、

母乳をうまく飲ませられず、息子も飲めず、早々に粉ミルクへ切換えました。

粉ミルクは誰でも飲ませられて発育差もないし、『卒乳』の不安もなし。

『母乳育児信仰』を知るのもだいぶたってから。

自然出産崇拝、母乳育児信仰、三歳児神話とは無縁の子育てとなりました。

ママ友がいないのも気楽でした。

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